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2年半ぶりの学校 – 登校拒否だった娘が中学に入学するまで

昨日は娘の中学校の入学式でした。

 

制服を着て、校門前で友達と会い、はしゃぎながら写真を撮る。

入学式のごく当たり前の光景。

 

でも娘と私たち家族にとって、

この日がどんなに大きな一歩だったか。

 

以前もブログに書いたのですが、娘は小学校4年生の2学期から

学校へ行くことができなくなりました。

当時のことは昔のブログをご参照いただけたらよく分かるのですが

それはそれは悩んだ。お互いに。

(これを書くにあたり、私も読み返し当時を思い出しジーンときた)

 

周りのみんなが当たり前に学校に行く中で、

娘は家で猫と戯れ、ひたすら絵を描いていた。

もちろん勉強なんてしていない。

 

永遠に学校に通えなかったらどうしよう・・・

このまま引きこもりになったらどうしよう・・・

当時はこう考えていたと思う。

 

振り返れば、無理矢理学校に通わせることは

毎朝手を引っ張って引きずっていったらできたかもしれない。

(学校へ通うことは習慣的なものだから、そうしようと思ったこともあったけれど)

でもそれをしなかったのは、彼女の感情を無視して、

娘との信頼関係が壊れることはしたくなかったから。

 

学校に通えなかった2年半で失ったものはあると思います。

運動会も学芸会も卒業式さえ出ていない。

要は小学校時代の青春を2年半経験することができなかった。

でも、学校以外の友達や、家族友人を含む私の仲間たち(娘の大人の友達)

近所の幼馴染の友人たち。

みんなが変わらず娘に接し続けてくれて、刺激と愛情をたくさん与えてくれて。

そんなみんなの力添えもあって、小学6年生になる頃かな。

娘の中に「このままじゃダメだ」という気持ちが芽生え始めたのは。

少し心が成長して、一歩引いて見られる余裕が出てきたような。

(母の見解)

 

「中学校は通いたい」

と娘の口から聞いた時は、やっぱり嬉しかった・・・。

まずは授業についていけるよう勉強を開始。

衝撃だったのが、低学年で習ったはずの九九がもう言えない!

漢字は2年生レベル!

子供は覚えも早いけど、使っていなければ抜けるのも一瞬だなと

身をもって経験しました。

 

塾は嫌だというので、大手の家庭教師会社と話してみるも

私も娘もどうもピンとこない・・・

家庭教師を探しているとストーリーズにあげたら、それを見た友人が

「いい先生がいるよ!」

と私と同い年の女性の先生を紹介してくれた。

 

この先生が娘にはぴったりだったようで、

勉強の話だけでなく、色んな話ができるお姉さんのような存在で、

先生と出会ったことで勉強する習慣が少しづつ戻ってきたように思います。

 

仕上げは現役大学生の私の弟にバトンタッチ。

週に3~4日1回3時間程度みっちり勉強するようになり、

日中も自ら進んで勉強するようになった。

いつの間にか、九九もわからなかった娘が、中学受験を視野に入れられるレベルに成長。

この間、半年とちょっと。

 

勉強が分かるようになったことが、娘の自信に繋がり、

学校生活をもう一度味わいたい。というのが私にも伝わってくるようになった頃、

少し前までは絶対に嫌だと言っていた、地元の中学に通うと言い出した時は

さすがに私も小学校の先生も驚いた!

周りはほとんど知ってる顔だから、もちろん娘が登校拒否だったことも

わかっているわけで、そこへもう一度戻るという決断は新しい環境で

やり直すことよりもずっと難しいと思っていたから。

 

 

とは言っても、本当に行けるかどうかはわからない。

期待してプレッシャーにならないように入学までそっと見守りました。

主人とは「行けなかったらその時考えればいいよね!」と。

でもなんだろう。母の直感で「なんかもう大丈夫だ」という感覚があって、

娘が中学に通っているイメージができた。

 

そして迎えた入学式。

「リボン付けて〜」

とやってきた娘の首元にリボンを付けながら、

あの頃の私に「大丈夫、大丈夫!いつかこういう日が来るから」って教えてあげたい(涙)

と思いながら1人感動。

 

学校にいる娘の顔はそれはそれは楽しそうで嬉しそうで、

久しぶりに会う同級生もみんな優しく、昨日まで一緒にいたかのように接してくれてまた感動。

 

学校へ通えなかった2年半は無駄ではなくて、

きっと意味があって、

必要な時間だったんだと思う。

 

 

最後に・・・

入学式の夜。

娘に

「なんで中学に通おうと思ったの?」

と聞いてみた。

 

娘の回答は一言

「チャンスだと思ったから」

 

人生のターニングポイントは人それぞれで、その波に乗れるかどうか、

乗りたいと思うかどうか、だと思うんだけど。

自分で変わろうと思って一歩踏み出したあなたを、母は心から誇りに思うよ。

ここからの3年間、とにかく青春を楽しんでー!!!

 

Writer

ASUKA ISHIKAWA / TOKYO

TIAM FOUNDER / PR

キッズから大人まで国内外のファッションブランドのPRと、広告のアートディレクションを手がける。
その経験と知識を集約しキッズファッションマガジンTIAMを立ち上げる。

16歳12歳0歳の母。

Instagram @asuka__ishikawa

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