以前「娘が小学校に通えなくなり始めた」
という内容のブログを書いた時、
思っていた以上に大きな反響があって驚きました。
10歳を迎えるあたり、同じ壁にぶつかっている人の多さに
少しほっとしたりもした。
小学4年生の10月から完全に登校しなくなってしまった娘のその後のことを
書こうと思ったのは、ようやく娘に変化が見られるようになってきたから。
長かったー!!!
でも、同じような悩みを抱えるママパパの参考になればと思ったので、
記しておこうと思います。
ここまでを振り返ると・・・
2018年春(小学4年)
徐々に学校に行けない日が出てくる。
ひたすらぐずる娘をなんとか騙し騙し、できるだけ行けるように誘導。
2018年秋
夏休み明けから、完全に行けなくなる。
休み癖がついたら終わりだと思ったから、最初は送って行ったり、
虐待を疑われてもおかしくないレベルで強引に連れて行こうとしたこともあった。
毎朝が戦争のようで、行きたくないと泣き叫ぶ娘を前に、
頭がおかしくなるんじゃないかと思うほど、精神的にぶつかって
私も娘も疲れ切ってしまっていた。
最後「学校に行くくらいなら自殺したい」と言う言葉が娘の口から出た時に、
例えそれが本心じゃなかったとしても、テレビやネットで覚えただけの
フレーズであったとしても、自分の子供の口からそういう言葉が出てきた
ことがものすごくショックで、言わせてしまった自分が親としてダメなんだと
悲しくなった。
「もう行きたくないなら、行かなくていいよ」
と娘に伝えた時、娘本人もだけど、それと同時に私もほっとしたのを覚えてる。
そこからしばらくは、仕事がかなり忙しかったこともあり、
毎日家に娘だけになった。
寂しくないのかと心配になるんだけど、
「動物たちがいるから寂しくない」
と。
でも、できるだけ連れて行ける時は仕事にも連れて行った気がする。
「当時ハマりにハマったスライムのワークショップが大盛況。
色んなところからお誘いいただき、その講師は喜んで引き受けてくれた。」
この頃に、なぜ学校に行きたくないのかを聞いても、
よくわからないような答えしか返ってこなくて、
本人も何が嫌なのか理解できていなかったと思う。
「ただ漠然と嫌」
その経験が私にもあって理解できてしまうから、
原因不明の登校拒否にもなんとなく納得してしまっていた。
そこからしばらくの間、愛育病院の児童精神科をたまに受診。
やっぱり多いんだって。
この頃の女の子に。
私が受診した理由は、娘にどこか問題があるのでは・・・
と思ったわけではなくて、私以外の第三者と話す機会が
あったほうがいいと思ったから。
何度か通ううちに、なんで自分が学校に行きたくないのか。
を先生に話せるようになっていて、最終的には行く必要がないね。
となり行かなくなった。
そして今現在。
基本的に毎日家にいるものの、週末は家族で出かけるし、
仲良しの友達と遊んでいるか、
あとはひたすら絵を書いている。
誕生日にipadを買ってあげたので、
デジタルから、鉛筆画、水彩など毎日ずっと描いている。
「TIAM FORTUNEの紅林先生との対談用イラストも、娘が描いてくれたもの」
それより何より、一番の変化は
「中学に通いたい」
と言い出したこと。
そのために、あれだけ嫌がっていた家庭教師も
「やる」と。
愛育病院の先生に
「満たされたら、自分から外に出たいと思う時期が必ずくるから。
それまでは何もさせないこと。」
と言われたけど、本当だったなと。
当たり前の日常に安心して気持ちが満たされたことで、
また学校生活を送ってみたいと思えたんだと思う。
本当に中学に通えるかどうかはまだわからないけれど、
例えこれが娘と私にしかわからないような変化だとしても、
私たち親子にとってはかなりの前進だと思ってる。
当たり前に学校に通ってくれたらどれだけ楽だっただろう・・・
と心の底から思うけど(精神的にも、経済的にも)
一緒に苦労した分だけ大人になった時に
2人の笑い話が増えるだろう。と信じます・・・。
「祖母でPATACHOUデザイナーのりかちゃんバースデーにプレゼントした似顔絵」