TIAM

kids fashion magazine

Feature

中村獅童×MASAH

IN THE HOUSE スペシャル対談

インスタでDMもらって友達になったんだよね(獅童)

 

MASAH(以下M)

僕たちの出会いはインスタだったんですよね。

 

獅童(以下S)

そうそう。

インスタ見てたら「子供が生まれました」っていうMASAHさんのポストが目に入って。

ちょうどうちも子供が生まれたタイミングだったから、

すごく親近感が湧いて、毎回見るようになって。

 

それでフォローして、いいね押すようになったらDMをもらって、

友達になったんだよね。

 

M

今までは共通の友人でもいなければ発展しなかった関係が、

SNSによってダイレクトに繋がれるようになりましたよね。

いやでも、僕、若かりし頃、ミハラヤスヒロのショーで獅童くんを拝見してましたから!

 

 

僕が仕事に集中出来る環境を妻が作ってくれてる(獅童)

 

M

僕たち二人とも男の子の父なんですけど。

獅童くん、お子さんの服はどうされてますか?

 

S

子供の洋服は、妻と一緒に買いに行ったり、

ファンの方にいただいたりしてるね。

 

M

よく落ち着いたらまた話しましょうとか、会いましょうってお話ししてるのに、

落ち着いたらすぐ海外行かれるじゃないですか(笑)

 

S

そうそう(笑)

だから海外のアウトレットで買うことは多いよ。

ラルフローレンとかノースフェイスとかに日本で売ってないようなモデルがあったりするから。

 

M

家族といつも一緒ですよね!

 

S

うん。いつも一緒(笑)

でも、海外でロックTがたくさん売ってる店とかあるんだけど、

そういう所は一人で行って選んでるよ。

 

M

育児ってどうですか?

一緒にやってますか?

仕事でお忙しいと思いますが。

 

S

育児に関しては、妻に頭が上がらないというか。

僕、いいとこどりなんで。

おしめ替えたり、食べたくない時に食べさせたりやってるのは妻だし、

僕は子供が一番いい状態の時に帰ってきて遊ぶぐらい。

大変なところはすべて妻だよね。

 

5年くらい恋愛期間があるんだけど、その時から僕が舞台をやっているのを近くで見ていて

大変なのを知ってくれているから、舞台の稽古が始まると僕に負担をかけちゃいけないと

思うみたいで、子供のケアだけじゃなくて、僕のケアまでしてくれてる。

 

例えば、僕は毎日舞台に立たなきゃいけないから、子供が熱出したりすると

「ちょっと今日帰ってこない方がいいからホテルに泊まった方がいいかも」

とか。

 

今月なんかは新居がようやく完成して大掛かりな引っ越しもあったんだけど、

僕、ほとんど何もしてないもんね。

 

歌舞伎って家族で支える伝統がある芸能で、休みもない。

それを踏まえて、僕がいかに仕事に集中出来るかを考えて環境を作ってくれてる。

だから妻にはものすごく感謝してるし、そうなると時間が空いた時には

家族と一緒にいたいって、すごく自然にそうなってるよね。

 

M

プライベートでお付き合いさせていただいていて、それをすごく感じてました。

 

実はまさかのうち(今宿麻美)もそうなんですよ。

九州女・・・だからなのかは分かりませんけど(笑)

キャリアでいうと今宿のが長いし、スタイリストとモデルっていう立場的にも

向こうのほうが上なのに、僕の仕事を気遣ってくれる。

 

今って、ワンオペで辛いという話もよく聞くじゃないですか。

家事育児を奥さんが一人でやらなきゃいけなくて、

旦那さんとぶつかって・・・っていう。

 

だけど僕らは奥さんたちが僕らの仕事を尊重して支えてくれてるから、

仕事に集中できてるし、育児にも家事にも参加できてるんじゃないかなって感じます。

 

獅童くんの歌舞伎を見た時に、すごく影響受けたんですよ。

あの演技ができるのは凄いエネルギーだし、裏で奥さんがそういう環境を作ってくれてるからなんだなって。

 

今日も陽喜くんが手足口病で撮影に参加できないってなって、

奥さんから撮影前にLINEが来たんですよ。

「主人に移らないといいんですけど」って。

 

女性だから育児をしろとか、男だから仕事しろっていうんじゃなくて。

思いやりというか。育児も本当に大変じゃないですか。

 

S

本当に大変だと思う。

お互いに大変なことが理解し合えているから、うまく分担できているんだと思う。

だからこそ、できることはしてあげたいな。

 

 

好きでもない奴が、お客様から切符代をとるなんて失礼なことないよね(獅童)

M

モデルやスタイリストも変わった仕事ですけど、

歌舞伎はさらに違う次元じゃないですか。

伝統があってしきたりがあって。

それを奥さんはすぐに受け入れられたんですか?

 

S

着付けはお袋から教わったりしてたかな。

うちの母は名物おっ母さんだったんだよ。

「獅童ママ、獅童ママ」って呼ばれてて、ずっとサポートしてくれてたんだ。

 

でもそんなお袋が、ある日突然、風呂場で亡くなってしまった。

そしたら、お袋がやっていたことを、周りの人たちが妻に教えてくれたんだよね。

 

舞台の後は大体家でご飯食べるんだけど、

冷凍庫にお袋が入っていた手作りのシチューが入っていて、

「これが最後のお袋の料理だね」

って二人で泣きながら食べたんだよ。

妻はお袋のことを好きでいてくれて、尊敬していてくれたから。

だから「お母さんの後は、私がやらなきゃ」

っていう気持ちになってくれたんじゃないかな。

 

今言われてみて、改めてびっくりしてるけど。

突然お袋が亡くなって、僕は次々公演が決まったから、

やるしかない状況だったっていうのもあっただろうけど、

自然と何の違和感もなく溶け込んでいったように見えたよ。

 

M

アパレルで働いていた奥さんが、凄いスピードで歌舞伎界の仕事を覚えていった。

5年とはいえ、当たり前に着物を着てシャンとした姿を僕も歌舞伎座で見ているので・・・

すごいことですよね!

 

S

たまに話すんだけど、人生って何が起こるかわからないよねって。

5年前までOLやっていた子が、歌舞伎役者の妻になるなんて。

 

M

そこに更に子供が生まれて・・・

愚痴るとか爆発したりすることないんですか?

うちの奥さんは結構ありますよ(笑)

 

S

女の人ってそういうもんだと思ってたし、

僕も結構感情起伏が激しいんだけど。

 

うちの妻は明るくて、いつも冷静で、一度も大きい声出したりヒステリックになったり

したことがないんだよね。

子供が生まれたら豹変して、いつか地獄みたいな日が来るのかもと覚悟してたんだけど(笑)

子供が生まれてからも一度もないね。

 

M

ちょっと前にTVのドキュメンタリーで、

獅童くんめっちゃ奥さんに怒ってましたよね(笑)

 

S

あれね〜(笑)

TV局の人ってすごく上手く編集するよね(笑)

僕がすごく怒りっぽい人みたいになってたよね(笑)

 

M

でもその時に

「怒るエネルギーが役者として大事。ってお母様がおっしゃってた。」

とあって、獅童くんのあの演技は、お母様の影響が大きくあるんだなと思いました。

 

M

お子さんにはいずれ、歌舞伎の世界を目指して欲しいと思います?

 

S

そりゃ正直、我が子がやりたいって言ってくれたら嬉しいよね。

それが伝統だし、受け継いでいく職業ってあるじゃない。

ただ、本人が嫌だと思うことを無理やりやらせようと思わない。

子供のうちに道筋を作ってあげることは親の責任だと思うけど、

例えば思春期になった時に洋服屋になりたいって言ったら、尊重してあげたい。

 

歌舞伎は好きじゃなきゃできないからね。

 

好きでもない奴が、お客様から切符代をとるなんてそんな失礼なことないよね。

嫌いじゃ絶対にできない仕事だから、息子が好きになってくれたら嬉しい。

 

M

お子さんの教育について奥さんと話すことはありますか?

 

S

全然話さない(笑)

 

もっとくだらないことは、車に乗ってる時なんかに話すけど。

例えば、妻は今から

「息子の彼女の顔を見たくない」

って言ってるよ(笑)

 

もしさ、ロックの影響とかでさ、

息子が全身タトゥーいれたいって言ったら、どう思う?

 

M

僕は、かっこよければいいんじゃないかとは思いますよ。

見てくれがかっこいいとかじゃなくて、本当にロックなら。

そこは突っ込んであげたいですけどね(笑)

親であり、先輩でいたいなって思います。

 

 

生身の人間から受ける感動は、デジタルじゃ絶対に味わえない(獅童)

M

いきなりですけど、不安とか不満とかありますか?

 

うちは子供の将来のことや、

いろんなニュースについて話したりするんですけど。

 

S

不安とか・・・は特にないかなぁ。

親の理想を押し付けないようにとは思ってるけど。

 

唯一の不安といえば、僕、結婚二回目でしょ。

前の奥さんとの間にも子供がいるから、陽喜が大きくなる前に

ちゃんと自分の口から説明しなきゃいけない時がくると思うんだよ。

 

こういう仕事だから、人から耳に入る前に話さなきゃいけない。

その時に陽喜がどう思うかなって。

がっかりされるような生き方はしたくないなって。

「このお父さんが言うことだから。それでも僕はついていく。」

って思ってもらえるような生き方をしたいなと思ってる。

 

M

今はネットが普及しすぎていて、昔だと見られなかった過去のニュースが

いつでも見られるじゃないですか。

 

自分のことを叩かれるのはいいけど、そういうのを目にする子供たちが

どんな気持ちになるのかなっていうのが心配です。

 

S

今の子供たちって、そういうのに免疫があるから意外と大丈夫なんじゃない?

「有る事無い事言ってるな」とか、ちゃんと自分で判断できるよう

になるんじゃないかなって。

家族の中に真実があれば、よそで何と言われようといいと思うよ。

 

僕なんて散々言われてるからね。

「平成のプレイボーイ」とか(笑)

「過去のことをなかったことにしてる」とか。

そんなこといちいちメディアで話さないだけです!

 

上の息子には、妻と結婚する時にちゃんと会って、僕の口から話したよ。

もしかしたら、彼は傷ついたかもしれないし、

僕に対して複雑な気持ちがあるかもしれないけど、

噂話や人から聞くよりも自分の口から話せてよかったなと思う。

いつか、僕の生き方を少しでもわかってくれたらいいなと思う。

 

僕らみたいな職業だと、真実なんて近くにいる人にしかわからないんじゃないかな。

 

ネットの普及によって、瞬時に情報が広がるようになったからこそ、

人とのふれあいや温もりがもっともっと大事になっていく時代が来ると思う。

生身の人間から受ける感動は、デジタルじゃ絶対に味わえないから。

 

 

家族といる時間は、最高の気分転換  (獅童)

 

M

息子さんとこれはやりたいってことあります?

獅童くん、ハワイばっかり行ってますけど(笑)

 

S

40歳過ぎてからの子供だから、体が動くうちにサーフィンとかサッカー、

キャッチボールとか、スポーツ系をやりたいな。

今は三役をやっていて夕方には終わるから、

できるだけ子供と一緒に過ごしたいなと思ってる。

 

家族といる時間は、最高の気分転換。

歌舞伎の後のお風呂の時間はすごく大切で、

僕はリラックスしたり、台詞覚えたり。

だから新築している家はお風呂にこだわって、

家族3人で入れるように大きくしたよ。

 

M

これでまたアレですよ。

「大きいお風呂、自慢ですか?」ってコメントきますよ(笑)

 

S

そしたら「はい、自慢です!」

って言うから大丈夫(笑)

 

M

対談第二回はご自宅訪問ですね(笑)

 

 

歌舞伎を初めて見て、服を好きになった頃と同じような感覚があったんです (MASAH)

M

歌舞伎を初めて見た時、お客さんが子供から大人までいることにびっくりしたんです。

 

S

僕と知り合って初めて歌舞伎を見たんだよね。

それこそ出会ってなかったら一生歌舞伎を見ることなかったかもしれないよね。

 

M

歌舞伎を初めて見て、服を好きになった頃と同じような感覚があったんです。

洋服については知りたいことが年々減っていっていて、

時代の流れとともにどんどん簡単に情報が手に入るようになっていたから。

 

でも歌舞伎には、それこそ「ちょんまげの部分の青さにはどんな意味があるのか」とか(笑)

知りたい欲が出てきてすごく楽しかったです。

 

S

歌舞伎はお客様と一緒に成長できる伝統芸能なんだよ。

だから世襲制って僕は反対じゃないんだよね。

代々役者の成長を親子で楽しんで見守ってくれているお客様もいらっしゃるし。

 

M

わかります。僕は息子に見せてあげたいなとすごく思いました。

 

S

「子供が小さくてなかなか歌舞伎を見に行けないんです。」

という声を頂いて、小さいお子様とも一緒に見に来られる

『あらしのよるに』

っていう公演を作ったんだ。

子供たちが笑ったり、声出したりしても怒らないでくださいって、自由に見てくださいって。

お陰様で大反響だったよ。

 

子供が出来てから、色んな見方が変わったよ。

不幸なニュースや虐待についても捉え方がすごく変わった。

 

M

子供にこれだけはやめてほしいことはあります?

 

S

うーん・・・

一つだけ言うとすれば、嘘つきにだけはなってほしくないかな。

平気で嘘ついたり、自分の利益で人を傷つけたり。

 

それさえなければあとは自分の好きに生きればいいなと思ってる。

 

M

僕は、仲間には恵まれてほしいと思ってるんです。

自分のことを振り返ってみても、自分で自分は作れないと思っているんで、

ダメな時にはダメだって言ってくれる友達が自分を作ってくれるんじゃないかなって思ってます。

 

 

いつか陽喜と一緒に舞台に立ってみたい(獅童)

 

S

友達ももちろんそうだけど、幼少期、親から与えられた影響が全てだと僕は思うよ。

思想とか生き方とかさ。

自分が病気をして死に直面した時に幼少期をすごく思い出して、

辿っていったら自分の人格の根本はそこだなって。

一概にそうとは言えないけど、悪いニュースなんかを見ると、

いい家庭環境を作ってあげたいなって思うよ。

 

M

歌舞伎を辞めたいって思ったことないんですか?

 

S

あるよ。何度もある。思春期の頃とか。

父親にもいつ辞めてもいいって言われてたし。

でも辞めなかったってことは、好きだったんだろうね。やっぱり。

あとはここで辞めたら負け犬になる気がして、

せめて父親がいない中でも主役を獲ってから辞めようみたいな気持ちでやってきたかな。

「あなたの父親は歌舞伎役者やめちゃってるから主役は難しい」

っていう夢も希望もない現実を突きつけられて、

「いや、絶対乗り越えてみせる」

「やっぱりダメかもしれない」

って。

若い頃はそういう葛藤があって、いつも自分との戦いだった。

なんとかして自分の知名度を上げて、歌舞伎でも活躍すればいいんだと思って、

映画『ピンポン』の役をオーディションから勝ち取っていった。

 

M

この先、プライベートでも仕事でもなんでも、やってみたいことあります?

 

S

正直、いつか陽喜と一緒に舞台に立ってみたいなっていうのはあるよね。

親の理想を押し付けちゃいけないから、辞めたかったらいつでも辞めていいと思ってるけど。

お陰様で今のところ『あらしのよるに』のDVDを毎日見たりしてるよ。

 

M

歌舞伎の格好してる時、パパだってわかるんですか?

 

S

歌舞伎の格好してる人はみんな僕だと思ってる(笑)

 

M

それじゃあ最後に。今、子供のアイテムで気になるものがあったら教えてください!

「近々買ってやろう」って思ってるもの。

 

S

電動で動く乗れる外車!

うちの息子車大好きなんだよね。

でもスーパーカーじゃなくて、ゴミ収集車とか(笑)

車の何が好きって、特にタイヤが大好きなんだよね。

 

M

「じゃあ一緒に車Tシャツでも作りましょうか!」

って言って締めようと思ったのに!

車じゃなくてタイヤかぁ〜(笑)

 

 

 

 

中村獅童

SHIDO NAKAMURA

歌舞伎俳優

1972年9月14日生まれ

 

祖父は昭和の名女形と謳われた三世中村時蔵、父はその三男・三喜雄。叔父に萬屋錦之介、中村嘉葎雄。

8歳で歌舞伎座にて初舞台を踏み、二代目中村獅童襲名。

映画『ピンポン』(02/曽利文彦監督)のドラゴン役で映画デビュー。

日本アカデミー賞ほか各新人賞5冠を受賞し、一躍注目を集める。

その他の作品に、戦後六〇周年記念映画『男たちの大和』、

ジェット・リーと共演した『SPIRIT』、

ハリウッド進出初作品となるクリント・イーストウッド監督『硫黄島からの手紙』や

日本人として唯一出演した『レッド・クリフ』などがある。

歌舞伎のみならず、映画、舞台、TVドラマ、声優、ファッション、バンド活動などその活動は多岐にわたる

 

「八月南座超歌舞伎」8月2日(金)〜26日(月)

京都・南座にて上演中

チケットホン松竹:0570-000-489(10:00〜18:00)

お問い合わせ:075-561-1155(南座)

 

MASAH

2003年に三田真一氏より独立。

EXILEなどのスタイリングを手掛け、藤原ヒロシ氏による「the POOL aoyama」

ではファミリー企画「IN THE HOUSE 」をスタート、現在は伊勢丹で展開している。

妻でモデルの今宿麻美と「SEASONING」のブランディングディレクションも行なっている。

 

IN THE HOUSE WEB SITE

Instagram @inthehouseofficial

 

撮影 / 神田 豊秀

ヘアメイク / masato at B.I.G.S. (marr)

取材・文 / 石川 明日香(TIAM)

 

 

 

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